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KinKi Kidsの歌い方のクセがすごいらしい

去年、KinKi Kidsが「道は手ずから夢の花」を歌番組で歌っていた時、何気なくTwitterで「KinKi Kids」と検索してみたところ、「KinKi Kidsは歌がうまい」という歌唱力についてのツイートが大量に出てきた。ここまでは想定内だ。その後、どんどんスクロールしていくと、KinKi Kidsの歌い方のクセがすごい」という歌い方に関してのツイートが歌唱力に次いで多く出てきた。

ここでひとつ疑問に思ったことがあった。剛さんの歌い方のクセがすごいのはお聴きのとおりだが、「KinKi Kids」とひとまとめにされていたので、次に「光一」と検索してみた。すると、「久しぶりに見たら光一の歌い方のクセがすごい」とか「こんな歌い方してたっけ?」など、光一さんの歌い方についてのツイートが想像以上に多く出てきてびっくりした。中でも一番びっくりしたというか、もはや一周回って笑ってしまったのは、剛さんのオンリー担が、「光一さんはいつからこんな歌い方になったの?クセが強すぎない?」ってツイートしててオマエが言うな!!!!と全力で突っ込んでおきました。

ちなみに、「剛」で検索すると、「剛のビブラートでコップの水が揺れてる」とか「剛のビブラートで画面が割れた」など、定番のネタとしてツイートしている方がちらほらいて、剛さんは確かに誰が聴いても耳に残るくらい特徴のある歌い方をしていると思うけど、剛さんが隣にいるからか、光一さんの歌い方に関してはそこまで意識したことはなかったが、まあそれなりクセはあるよなあと薄々感じてはいた。

 

特に、「道は手ずから夢の花」という曲に関して言えば、難易度が高いだけではなく、曲の入りから光一さんのアカペラではじまる曲でもあり、歌い出す前のあのあり得ないほどのシーーーーンとした静さの中、万が一、音を外すようなことでもあれば、はじまった瞬間に全てがおわりという、この曲の良し悪しを判断する聞き手の第一印象の全責任を担っているのが光一さんなのである。なので、こちとらテレビの前で正座しながら、「どうか失敗しませんように!」と手を合わせることで頭がいっぱいいっぱいなので、そんな一大事な瞬間にクセがどうだとかそんな細かいところに意識を集中させる余裕などあるまい。

 

ここからちょっと余談だけど、「道は手ずから夢の花」は、テレビ初披露の1ヶ月ほど前からコンサートで歌いこんできただけあって、特にこれといってザワザワするようなことも起こらず、無事歌いきった……と思いきや、生放送での披露はこれが最後となった「FNS歌謡祭(第2夜)」の大トリにて、まさかの出さなくてもいい本領を発揮したんですよ。アカペラのカウントを自分で取っておきながら、あのシーーーーーーーンとした静けさの中、1音目から盛大に歌詞を間違えていくという、誰もがひっくり返る大失態をなされました。もちろん光一さんが。KinKi Kidsの出番になると、直前のアーティストまでは置かれていなかったプロンプターを、これでもか!というくらいドーン!ドーン!と置いてくれるおかげで、近年ではあまりお見かけしなくなっていた光一さんのお家芸でもある「歌詞間違え」。普段のストイックな姿勢からは考えられないくらい、そんなことある!?というようなことを、何故か本番では平気でやってしまうのが光一さんなわけで。今回も久しぶりやらかしたと思えば、自ら火の中に盛大に飛び込んでいくスタイルを余すことなく披露。この斬新さ……!!光一さんクラスになるともはやレベルが違う。恐らく、その場面を見ていた誰もが「ファッ!?」となったであろう。

ちなみに、心の中ではめちゃくちゃドキドキしてたけど、顔色ひとつ変えることもなく、ただただ自分の任務を全うしていた人はきっと世界中のどこを探しても隣で一緒に歌っていた剛さんだけです。*1   「よっしゃ!!つよしくん行くでー!」という相方のカウントと共に一緒に歌いはじめたら、その当の本人が1音目から歌詞を盛大に間違え自滅するという前代未聞の巻き添いをくらってしまったのだ。剛さんも内心はめちゃくちゃドキドキしていたけど、「自分だけはしっかりしなければ!」と冷静を装いながら任務を全うしたなんて健気すぎない!?出だしから相方が自ら火の中に飛び込んでいくなんてあまりにもつらい…………コントかな……?それなのに全然動じない剛さんはさすが相方、慣れてる。

2016年があと数日で終わるぞーー!という期に剛さんの「2016年の一番面白かったこと」にノミネートされちゃうし、その後のコンサートのMCでも散々ネタにして、あの時、KinKi Kidsが歌うちょっと前にBOOWYリスペクトバンドが音が合わなかったかなんかで仕切り直した場面があって、それを見てかっこいいなあと思った光一さんも、いざ、自分が歌詞を間違えてしまったその時に、1度仕切り直す選択も一瞬頭をよぎったらしい。だけど、「アカペラを仕切り直したところで絶対もっとわろてまうwww意味ないやんwwwって思ったからやめた」と言っていてよくあの状況の中、正しい判断ができたな!?と思ったと同時に、実際もし仮に仕切り直してたとしたら光一さんの予想通り、一番最悪なパターンになってる光景が目に浮かぶので本当ドキドキして心臓に悪い………いくらカトパンが直前にKinKi Kidsを「キンキチ…キ、キンキキッズ」って噛んだからって、そんな若手芸人みたいに画面に映ってないところまでわざわざ突っ込みをするために駆け寄らないで!!現にそのせいでカウントに間に合わなくなりそうになって焦って間違えちゃってるし、そもそも誰も光一さんにそこまで笑いの要素も求めてないので、そこまで笑いに貪欲にならなくてもいいからいい加減落ち着いてくれwwww

 

大分話が逸れてしまったが、とにかく「道は手ずから夢の花」に関しては神経を集中させてじゃないと、私としては色々と不安で仕方がなくて細かいところまで見ている余裕なんてなかったのだ。だけど、それぞれの歌い方のクセや細かいところまで見ていた、ファンじゃない方の感じ方が純粋に面白いなあと思った。

 

 

そこで、「KinKi Kidsの歌い方のクセがすごい」と言われた「道は手ずから夢の花」について、私なりに分析してみた結果、結論から言うと恐らく、それぞれに割り振られているパートの歌詞の語感が、それぞれの性格に絶妙なほどマッチしているからだと思った。

どういうことかというと、「道は手ずから夢の花」の、ユニゾン以外(Cメロはハモりは含む)のそれぞれのソロパートのみを50音別に抽出して、そこから子音別に分類してみた。

そこから分かったことは、光一さんのソロパートで出現する子音は、「破裂音」が剛さんや他の音と比較すると圧倒的に多かったということ。

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また、50音別で見てみると、光一さんの「か行」の発声回数がどう見ても異常に多い。剛さんもまあまあ発声してる10に対してその倍をいく19っていう。

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そもそも、光一さんはSHOCKをやりはじめた2000年以降、ミュージカルの発声法になってからは、「ば行」「ぱ行」「か行」「た行」のうちの「た」「て」「と」の「破裂音」と呼ばれている音を強調させるクセがついてしまった。

元々、デビュー当時は今のミュージカルの発声法とは正反対で、非常に弱々しい歌い方をしていてた。キンキのユニゾン占有率で例えるとするならば、光一さんが20%なら剛さんが80%と言っても過言ではないくらい、とにかく声量がなかった。加えて、ひとつの音に着地点がないので、ずっと宙にふわふわ浮いているような印象があった。しかし、SHOCKをやりはじめた2000年あたりからは発声法というか、歌唱スタイルそもそもが徐々に変化してきて、気付けばデビュー当時の弱々しさとはまるで正反対で、別人かのような力強く勢いのある歌い方をしている。

最近も雑誌のインタビューで、今年のSHOCKに出演するJr.の選考基準について、「ダンスや芝居ではなく歌を重視した。やっぱり歌っていうのは一朝一夕にはいかないもの」と言っていた。その言葉が妙に説得力があり、心にズシンとくるのものがあったのは、彼自身が実際に長い年月をかけて、歌唱技術を身に付けてきたからだろうなあと思った。

ファンという色眼鏡をなしにしても、デビュー当時と比較してここまでガラリと歌唱スタイルが変わり上達した人は他にいないだろうなあと本当に思う。

 

ミュージカルは舞台なので歌詞、言葉が劇場の一番奥の席にまで明瞭に聴こえなければいけないし、発声が弱々しいとバックの音に声をかき消されてしまう。また、万が一、マイクが壊れた時にでも生の声を劇場の一番後ろの席にまで届けられるようにという意味でも、ミュージカルにおいてはその力強く勢いのある歌い方がベストなのかもしれない。しかし、ポップスでも全てその歌い方で統一されてしまうと、曲によっては耳障りというか、聞いていて疲れる感じがたまにあるので、もうちょっとソフトに歌えないのかなあと思う時がたまにある。

もちろん、その歌い方がプラスに働いてる曲もたくさんあって、「薔薇と太陽」なんかも吉井和哉さんが「光一寄り」と提供してくださっただけあって、光一さんのパワーのある歌い方とその曲が持つ情熱的で妖艶なメロディーラインや歌詞がいい感じにマッチしてるよなあと思う。

剛さんは曲によって歌い方を本当にガラッと変えることができて、カメレオンだと私は思っている。で、剛さんの歌い方(雰囲気)はどちらかというと上品な色気があって、決して触れてはいけない、見てはいけないっていう危うい妖しさがある。光一さんも基本は上品な色気なんだけど、剛さんと違うのはその中に荒々しさや強引さなど、ガツガツした男らしさを凄く感じるところ(良い意味で)。それが本当にうまく反映されているなあと思った。

剛さんが「守り」なら、光一さんは「攻め」てるような歌い方といえば分かりやすいかもしれない。だから「薔薇と太陽」同様、「Arabesque千夜一夜の夢~」「星のロマンティカ」「strategie」「エゴイスティック・ロマンス」「Plugin Love」「Unlock Baby」ような情熱的で妖艶な曲が絶妙にマッチしてるなあと思うわけです。

逆にマッチしてないと思うのは分かりやすいところで言うと、「solitude〜真実のサヨナラ〜」「心に夢を君には愛を」とか。最近で言うと、吉井和哉さんが今度は「剛寄り」として提供してくれた「ホタル」とか、ザ・J-POP!っていう雰囲気の「モノクローム ドリーム」「Summer〜僕らのシルエット〜」もそうかなあと思う。あと、多分これは極端な歌い方の問題なんだと思うけど、2002年〜2003年あたりの歌い方が個人的にはピークであまり好きじゃなくて、本人も歌い方を模索してるような感じがした。だから先ほどあげた「solitude〜真実のサヨナラ〜」は当時の歌い方が曲とマッチしてないなあと思っていて。何よりも曲自体は光一さんが作詞作曲した曲だし、本質的には絶対に合うはずだと思う。少なからず当時の音源でも雰囲気は光一さんそのものなので、今の歌い方であれば絶対マッチすると思っている。

それから歌い方が徐々に落ち着いてきたのがその2年後の2005年の「ビロードの闇」あたりだと思っていて、それから更に4年後くらいの2009年の「スワンソング」あたりからは今の歌い方に定めたような印象がある。完全に個人的な主観なんだけども。

「道は手ずから夢の花」に関して言うのであれば、その力強く勢いのある歌い方が不思議なことに本当に綺麗にハマってるなあという印象をストレートにうけた。

 

たとえば、光一さんのアカペラからはじまる冒頭の、「誓えば遠のく夢の花 何処行く?どこ吹く風のように」という部分について、分かりやすくひらがなにしてみると、「ちばとおのゆめのはな どこどこくかぜのように」と「破裂音」の連続になっていることが分かる。多分、ここのパートをソフトに歌う剛さんが歌っていたら特にインパクトはないんだけど、「破裂音」を強調させるクセのある光一さんが歌うことで、聞き手に強く印象付けることができたのではないかと思う。また、「ゆめのはな」と1度やわらかい音を入れておいた後の「どこどこ」はインパクト大。Aメロに入ってからも、「とけいはただすすむばかぼくらはただあるくばかり」とたたみかけるように破裂音の連続だし、Bメロに入ると今度は、「そしらもっずっなにかかわる とけいはまらない」っていうこの韻踏みまくりの怒濤の破裂音攻め。

前述のとおり、光一さんの「か行」の発声回数が異常に多いんだけど、「か行」は「た行」と違って全て「破裂音」になるため、光一さんが歌うと確かにクセがすごい。曲自体のクセがすごいのに、そこに「破裂音」を強調させるクセのある光一さんがそこを歌ったらクセ×クセになって、そりゃクセがすごいって言われるわなと思った。

一方、剛さんはと言うと、「さすささやく」「だめて」「ちょっとやそっと」など、「さ行」「や行」を主とする柔らかい音を歌っていることが分かった。光一さんが剛さんの倍「か行」を発声していた同様、剛さんも「さ行」「や行」は光一さんの倍以上の発声回数だった。


上述の結果を見て面白いなあと思ったことがある。日本語には50音それぞれに色があって、感覚や状態を音からある程度は連想することができると思うんだけど、調べてみると、段は母音、行は子音の発音方法でそれぞれの印象が決まってくるらしい。そこで、お互いと比較して大差をつけて発声回数が多かった光一さんの「か行」、剛さんの「さ行」「や行」の印象について調べてみた。

 

か行-硬くて尖った感じ、角がある、乾き、活発、気の強さ、頑固。
さ行-静寂な爽快さ、しとやか、湿気、清涼感、神秘的。
や行-あたたかさ、優しさ、安らぎ、柔らか、弱さ、許し、儚さ、得体の知れない。全体的にくっきりした形がない。か行と対照的。*2

 

調べててドキッとしたのは、この説明のどこをどうとったってKinKi Kidsでしかなかったから。

 

だって、「や行」のこの文をもう一度よく見てくれ。

 

や行-あたたかさ、優しさ、安らぎ、柔らか、弱さ、許し、儚さ、得体の知れない。全体的にくっきりした形がない。か行と対照的。

 

 

 

 

 

 

 

 

「   か   行   と   対   照   的   」

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らが基本的に同じなのは姓、家族構成、出身地方、背丈、声質がマイナー、根暗だけで、性格や歌い方まで対照的として有名なKinKi Kidsが、ついに言葉の持つイメージまでKinKi Kidsに辿り着いた瞬間を目の当たりにしてしまった(?)

「か行」の角があって気が強く頑固な印象なんてまんま光一さんだし、もれなく光一さんの名前の1字目からも「か行」っていうミラクルもなんか起きてる。そしてこの間も光一さんテレビで剛さんの印象を「得体の知れない」って言ってたばっかりなんですよ。「さ行」「や行」のあたたかく神秘的で得体の知れない印象もまんま剛さんだし、剛さんもなんか両方とも名前に入ってるし、色んな偶然重なりすぎてる感ある。

 

 

KinKi Kidsと古くから交友関係があり、「カナシミ ブルー」「永遠のBLOODS」「Secret Code」など、数多くの楽曲を提供してくださったり、コンサートのなどのバンドメンバーとしても参加してくださるなど、それこそ「道は手ずから夢の花」もプロデュースしてくださった、*3  シンガーソングライターの堂島孝平さんが去年こんなことを言っていた。

 

KinKi Kidsは日本史上、最高のデュオだと思ってるんですよ、僕は。まず、1人1人の個性がちゃんとあるじゃないですか。光一くんのボーカルはアタックが強くて、その小節の最初と最後でしっかり責任を取るようなイメージがある。剛くんはフワッと入ってきて、そのフレーズの中にある物語に表情を付けるんですよね。即効性のエネルギーを持っているのが光一くんで、そこに道筋をつけて、ヒューマンタッチな部分を担っているのが剛くん。さらにすごいのが、剛くんと光一くんが2人で歌うと1人に聴こえるんですよ。

 

彼らが20歳くらいの頃から、彼らの友人として、ファンとして、同業者として、プロデューサーとして、プロの目から見た堂本光一堂本剛、そしてKinKi Kidsとしての堂島さんの評論が私は凄く好きだ。

「道は手ずから夢の花」は「薔薇と太陽」のようにアップテンポでインパクトのあるような曲ではないし、ミディアムバラードで難易度の高い複雑なメロディーラインに加え、一発ではまず頭に入ってこない難しい歌詞を組み合わせた、非常に独特な世界観のある曲だ。

 

それでも、多くの人からKinKi Kidsの歌い方のクセがすごい」など、聞き手に強く印象付けることができたのは、堂島さんの言葉を借りるとするならば、光一さんのアタックの強い即効性のエネルギーのあるボーカルが大きく影響していると思うし、そこにフワッと入ってきて、この曲が持つ情緒溢れるメロディーラインや歌詞に色や表情をつけ、道筋をつける剛さんのボーカルなしではこの曲の良さを伝えることはできない。

それぞれの特徴を最大限に活かしたパート分けと、2人の歌声がひとつになった時に鳴り響く、KinKi Kids」というひとつの人格の歌声が、KinKi Kidsの歌い方のクセがすごい」と言われた理由のひとつではないだろうか。

 

 

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(補足)

「道は手ずから夢の花」だけを分析しても何の比較にもならないので、デビュー曲の「硝子の少年」も同形式で分析してみた。

 

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50音別ではそれなりに差はあるものの、子音別では「道は手ずから夢の花」のように、特に目立った変化は見られなかった。

*1:本来であれば光一さんのアカペラのソロパートだが、この時だけは2人のアカペラに変更されていた。

*2:【参考文献】商学研究論集 第30号「ブランドネームにおける語感の影響に関する一考察-音象徴に弄ばれる私達-」及びアパートメント「イメージの海で #4」

*3:「道は手ずから夢の花」の作詞作曲はシンガーソングライターの安藤裕子さん。